Southern Blog

  ~永遠の熱い胸騒ぎ~

〜栄光の男と共に〜

こんにちは^^

既に様々なメディア、ネットで知らない人は居ませんが「栄光の男」こと、読売巨人軍、長嶋茂雄 終身名誉監督が亡くなりました。「野球はわからないけど、長島さんは知ってる」と言う方も多いのではないでしょうか?まさに「記録より記憶」の長嶋さんでした。


時は日本が高成長期を迎えた1960年前後。「巨人・大鵬・卵焼き」と言うフレーズが流行りました。言うまでもなく当時の少年たちの憧れだ。しかし厳密に言うと「長嶋・王・大鵬・卵焼き」だったといっても過言ではないだろう。少年たちは地域ごとに贔屓の球団はあったかと思うが、全国的に読売巨人軍に人気が集まっていた頃だったのかも知れない。それは夏になれば毎夜、巨人戦がテレビで放映され、各家庭の親父連中はステテコ・団扇に円形ちゃぶ台、ビールに枝豆、そして4本足のブラウン管テレビを独占していた。そして、当時スポーツ選手が出演するのは珍しかったCM。「元気ハツラツ!オロナミンC」のCMではジャイアンツの選手が数名出演し「お菓子のホームラン王」も懐かしい限りだ。極めつけは、スポコンの元祖・アニメ「巨人の星」でした。この「巨人の星」の記念すべき第1回が「長嶋茂雄の巨人軍入団式」からだった事も鮮明に覚えている。そんなブームも手伝って「野球」という舞台に当時の少年の心は擽られずにはいられなかったのかもしれない。多くの少年が野球帽の「内ツバ部」(型崩れ防止材)が「カラーセルロイドメガネ?」の仕込まれたジャイアンツの帽子を被っていた事を思い出す。また、通学を意識したのか「黄色いジャイアンツの帽子」も何度か見かけたことがあった。今では見かける事すらない^^


                   


少々脱線したが長嶋さんは「プロ野球選手」の成功者というより何をやっても成功する人が、たまたまプロ野球選手だったといったイメージが強くある。どんな仕事に着いても多くの人が手を差し伸べてくれる。結果、成功者となれる人間像が浮かぶ。所謂「レインボーオーラ」を放つ人なのか?もちろん人に好き嫌いはある。「そんな感じの人はスカしていて嫌いだ!」と言う方も少なく無いかも知れない。しかし相当数の方はその様な方(レインボーオーラを出している人)を周囲でも体験された事が多いのでは無いだろうか?思い起こせばクラスの中に必ず1人はいた記憶がある。なぜかその人の周りには人々が集まり気がつけば誰もが認めるリーダーになっていると言うそれだ。もちろんそんなオーラを持ってる人はそうそういない。そこには人が憧れるような容姿や性格・言動、なぜか引かれる雰囲気があるかもしれないが、裏を返せば本人は無意識の中で放つ周囲への気を配り、様々な探求心、人の話を聞く姿勢、些細な事でも人の気持に寄り添う事が自然と出来るからこそ万人の気持ちは動くのだろう。余談だが真逆の人は「人間関係が上手く行かないのは周囲のせいだ」と決め付け、自己の認識をも含めた振返りが無く「痛い人」に成っている事すら気付けない残念な人も少なく無いのだろう。


     月並みの言葉だが「また一つ昭和の灯が消えた」と言う事なのだろう。


昨今、この様な訃報があると毎回思う事がある。令和の人たちに「長嶋茂雄・石原裕次郎・美空ひばりは凄かった」などと話してもリアルな実態などは既になく映像や語りべで受取るしかないのが現実だ。つまり「昭和のヒーロー」などは令和の人には「空想・想像の人物」にすぎない。「いやぁ~ タダの野球選手でしょ?俳優でしょ?歌手でしょ?」と言う事に成る。残念ながら今後において「昭和のビックアーチスト・スポーツ選手達」の訃報が都度入って来ても令和の人たちは同じ捉え方なのだろう…それは仕方ない事だが、いくら世代が変わり時代が上書きされても、昭和の時代に彼らが華やかな世界を作り戦後間もないしょぼくれた日本に勇気と感動・そして「カッコよさ」を摺り込んでくれた事は紛れもない事実であり、自分は幼少期~青春期をその時代に生きられた事を幸せに思う今日この頃です。

          

             ご同伴の皆様はどうでしょうか?^^


   

               いうまでもなく、この記事には この楽曲です。

                長嶋茂雄さんのご冥福をお祈り申し上げます。


         本日も最後までお付き合いありがとうございました!