Southern Blog

  ~永遠の熱い胸騒ぎ~

~あの事・この事(有名人とマスメディア)~

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本日は、今が旬の話題でもある「有名人とマスメディア」について記事を書いてみようと思います。マスメディアは、芸能界・スポーツ界・政界人・様々な人々を一般大衆に向け公共電波や紙面上、ネットを活用して、その人に対する出来事を様々な側面から伝える。受け取る大衆は多少デフォルメされている内容でも、それがホボ全てとして捉える。怖いと言えば怖い世界である。その内容こそが対象者の心をえぐり心の痛みとなり行き場のない感覚へと陥るのだろう。しかし、そのマスメディアがいるからこそ、有名人は有名人でいられるという逆説もある。それぞれ様々なご意見があろうかと思いますが、大衆心を中心にフラットな感覚でお付き合いいただければ幸いです。


        


一言で「有名人」と言っても当たり前だが初めから有名人である人間などまず居ない。特に芸能の世界は覿面だ。それはまさに戦後「麗しき昭和の頃」白黒街頭テレビで力道山が空手チョップを炸裂させ、日本が高度成長の手応えを感じ出した頃が始まりかもしれない。白黒のテレビの中は「夢の世界」であった。歌の上手い人やイケメン俳優・美人女優が「彗星の如く」と言ったキャッチフレーズ・ワードが漂う中で活躍していた。今思えば、全てとは言わないが重い・軽い・は別として。凡そ「大人の事情」があった事に当時の殆どの大衆は気付いてはいかったのかも知れない。「性加害」問題や「枕営業」的な内容に付いても時代が流れると共に薄らぼんやりと「暗黙の了解」的に世には出現していた事を記憶する。当時の大衆は「あの世界は、そんなモノなんだろう」と理解していたようにも記憶する。いや、ひょっとしたら、「求める者(スター・有名人を夢見る)」と「性欲・物欲を満たしたい者」の需要と供給バランスが噛み合って居る様に誤解していたのかも知れない。残念ながら、その「麗しき昭和の頃」を生きて来たであろう現代、大手企業の年輩上層部は「今・現在・令和」に確実について行けていないのが事実の様だ。            


                                        話題集中のFテレビ問題。


実態は不明なので深くは触れないが前文で語った内容含め並んだF社の「ザ昭和面々」を見れば、どんな社風で何が起きたのか?想像は着く。しかしタレントN君の行動含め、これもまた実態が不明の為、深く触れる事はやめましょう。明らかな事は現在あちこちのSNS・ブログなどで記者会見の不毛・遣る瀬無さを語る内容をかなり多く目にする事。それはFテレビの不甲斐無い対応だけでなく集まった記者たちにも同じことが言えてる。特に30代前後の若手記者は公の場を理解して質疑を冷静に投げ掛けている様に思えた。一方で、声色からすると40代?~60代前後?のおじさん記者おばさん記者たちは今流行の「カスハラ」「クレーマー」を彷彿とする勢いで声を荒らげていた。そもそもF社・前社長の彼は番組制作が大好きな「現場人」で有名。1980年〜「漫才ブーム」「とんねるず」達と共にFテレビを人気局に引き上げた名プロデューサーと言っても過言ではない。北海道出身で敵を作らない寡黙なイメージがある。会見を見ていても的を得ない解答や語り調が悪評を集めた。庇う訳ではないが制作畑が故、経営などには不器用な側面もあるのかも知れない。しかし社長は社長。責任は取らなければならない。少々脱線するが、往々にして昭和の「傲慢な経営層」は従順な人間を好むイメージが勝手にある。Fテレビ・グループを未だに睨みを効かせる「90歳手前のお爺さん」は「実質、経営は総じて俺がやるのだから逆らわない従順な奴に役員・社長はやらせたら良い」的に考えていた(進行形)匂いがプンプンする。「お爺さん」を庇う訳ではないが時代の風習やモラル・ルールは時間軸と共に徐々に崩壊し、新たな時間とガイドラインが流れだす訳だが人間はロボットの様に変化できる訳がない。取り残された人間は行き場がなく只々、理解している様に振舞い、行き場のない迷路を彷徨うのだろう。しかし、そのギャップが人間社会のバランスを取っているのかもしれない。ドラマ「地面師」ピエール瀧のセリフではないが「お爺さん、もぉ えぇでしょう」と肩を叩いてあげたい^^


   
                     まさに漫画ドリーム!


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